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kaduki’s diary

しがない女オタクがしょうもないことを書く

予習ができない

雑記

今テレビで、とある男の子が「姉に、勉強してもどうせ無駄じゃないかと言われてから、家で勉強できなくなった」と話している子がいた。

その気持ちが痛いほど分かった。
言った人間には些細な一言だったかもしれないが、その一言を永遠と引き摺る人間が居ることも覚えておいてほしい。
 
私も昔は予習大好き勉強大好き人間であった。今はめっちゃむり。予習したくない。
 
というのも、小学生三年生のときに予習して授業に取り組んだら先生に怒られたのだ。「そこはまだみんな勉強してないところだろう?なんで知っているんだ?足並みそろえろ」ときつい言葉を浴びせられたのを成人した今でも鮮明に思い出せる。
そこで私は「予習すると怒られる」という方程式が立てられてしまったのだ。予習し褒められるとさえ思っていたのに、まさか怒られるなんて…頭をガツンと殴られたみたいに辛かった。
それから予習は止めた。親には少しだけ勉強時間が減ったことを怒られたけど、それよりも先生に「まだみんな勉強してないところだろう?!」と言われることの方が辛かった。
だんだん勉強するのさえ億劫になってしまった。
 
あの先生の一言がなかったら、もしかしたら高校は違う高校に通い、大学に進学していたかも、と思う日もある。別に今の生活には何も問題ないので思うだけだ。
それでも先生の一言で人生変わったな、と思う。予習ができない人生になった。今でも予習はしたくない。怒られるかもしれないとやはり思うのだ。
 
子供は褒めて伸ばすばかりではだめだという人が居る。その通りだ。
でもだからといって怒ればいいってもんじゃないことを知っていてほしい。予習は褒められると思ってやっているし、勉強も褒められると思ってやってる。それを怒られてしまったらやる気はなくなってしまう。
例え先生が足並み揃えたくても、言い方を考えてほしい。たとえば「予習したんだね、でもそこはまだみんな勉強していないところだから、ゆっくりすすんでもいいかな?」とかそういう言葉だったら、なんとなく素直に受け入れられたかもしれない。怒るのではなく、諭してほしかった。テレビの男の子のお姉さんも、最初から無駄なんて言わないでほしい。無駄じゃないかもしれないし、たとえ無駄でもやってから無駄と気づくことに意味があると思うよ。子供の頃はたくさん経験するべきだし沢山失敗してもいい時期なのだから、思う存分失敗させてやってほしい。そして失敗したら怒るのではなく、諭してほしい。何が悪かったかな?って一緒に考えてほしい。
 
子供の頃の私よ、予習は悪いことではないよ。きっと怒られるものでもない。足並みを揃えられなかったことを怒られたのだよ。だから予習してもいいよ。
 
それでもやっぱり私はトラウマというもので予習は出来ないのだった。